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「”挑戦すること” 私にとってそれは怖いことだった」カンボジア・スタディツアー高校生レポート:近藤礼奈(1/5)

2015/05/07近藤礼奈

私がこのツアーの存在を知ったのは2年前、高校へ入学した時に部活の先輩に教えてもらったからでした。先輩も以前このスタツアに「高校生チャレンジ枠」として参加していて、カンボジアで経験したこと、夢を持ったことなど話を聞いているうちに興味を持っていました。それまでは、カンボジアがどこにあるのかも分からず、「よく知らないけど治安の悪い怖い国」という認識しかありませんでした。ですが、カンボジアについて調べているうちにこの国では貧困、人身売買などの問題を抱えていると知り、私自身、貧困を経験したことから、この国に行って実際に見てみたいと思うようになりました。ですが、金銭的にも環境的にも私が海外に行くなんて到底無理。だけど高校生チャレンジ枠なら私にもチャンスはある。「これだ!」と思い、先輩の後押しもあってチャレンジ枠に応募しました。

チャレンジ枠に応募する課題として「子どもたちが抱える貧困問題」、「なぜカンボジアに行きたいと思ったのか」をレポートとして提出すること。子どもたちが抱える貧困問題についてのレポートでは、誰にも話してなかった私の幼い頃の経験を文字にしました。今まで誰にも話してこなかったことを一度も会ったことのない人に知られてしまうのかと思うと正直怖かったのですが、書き始めると無我夢中でペンを進めていました。チャレンジ枠に応募したときから、私の中で何かが変わり始めていたのだと思います。

”挑戦すること”

私にとってそれは怖いことだったけれど、今では挑戦して良かったと心からそう思っています。そんな私が、カンボジアでも挑戦し続けた11日間を滞在レポートとして残します。

一日目

午後にプノンペン国際空港へ到着。外に出ると温かい空気が広がっていました。カンボジアは一年中暑いですが、日本はまだ冬で、現地との温度差は20度くらい。現地ガイドさんと合流し、バスでレストランへ。初めての海外で新鮮な風景ばかりでバスの窓越しにカンボジアの街並みをひたすら凝視していました。クメール語で書かれた看板の文字を見て「本当にカンボジアに来たんだ」と認識。驚いたのが、一台の原付バイクに3人が乗っていたり、たくさんのフルーツを荷台に乗せて走るバイクだったり…。カンボジアの主な交通手段がバイクというのは耳にしていましたが道路は本当にバイクだらけ!日本ではありえない光景にわくわくしながら観察していました。レストランへ到着して参加者の自己紹介を含めみんなで夕食。このメンバーたちと一緒に、どんなスタディツアーができるのか、とっても楽しみでした。

二日目

二日目は、プノンペン郊外にあるキリングフィールドへ訪問。ポル・ポト政権下、大虐殺が行われた処刑場。案内してくださったのは長年、このスタディーツアーの日本語ガイドをしているバンタさん。緊張の中、キリングフィールドの門を抜けて少し歩くと大きな慰霊塔が立っていました。慰霊塔には約9,000体の遺骨が安置されている。中に入るとそこには数え切れないほどの遺骨が並べられていて、その全てはポル・ポト政権下に虐殺された人の骨。「ここにカメラを向けていいのだろうか」、自分に何度も問いかけました。その答えは正直今でもまだ出ていませんが、目で見たものを心の記憶だけでなく、写真に収めることでより鮮烈に記憶できるのかもしれません。決して忘れてはいけない事実。しかし、この事実を簡単には心に落とし込むことができなかった。

キリングフィールド内を歩いていると、一部地面に骨が埋まっていました。周囲には未だ掘り起こされていない遺骨があり、骨や衣服の一部が地面に埋まっているのです。私たちが歩いている地面に人間の骨が埋まっている。当時のものがそのまま、私たちに突き刺さりました。誰も言葉を発することができず、その場に立ち尽くすしかありませんでした。キリングフィールドには沢山の悲劇、痛み、叫びがありました。一度では絶対に消化しきれない、そして、一度で受け入れることもしたくなかった。私はまた必ずこの場所に訪れる。ゆっくりとこの事実を受け入れていこう、消化していこうとキリングフィールドの地を踏みしめてその場所を後にしました。

お昼はカンボジア初の巨大ショッピングモールとなるイオンにて昼食。地下のお惣菜コーナーにて人生で初めてコオロギを食べました!感想は…意外といける。というか結構おいしいぞ!私は食べることが大好きなのですが、新たなジャンル、”虫”ができました(笑)。

昼食を終えて次に向かったのは、ポル・ポト政権下の政治犯収容所跡トゥールスレーン刑務所博物館。2年9ヶ月の間に約14,000~20,000人が収容されたと言われ、そのうち生還できたのは7人のみ。収容された大規模な人数と生還した人数の差から監禁、拷問から逃れられるのは奇跡に近かったのだろう。

A棟、B棟、C棟、D棟と建物が別れており、A棟の前には最初に発見された9人の遺体の墓がある。その横には囚人を逆さ吊りにして水に漬ける拷問器具があった。A棟の中に入ると、実際に拷問に使われていたベッドや看守が使っていたであろう机や椅子などが残っていた。大きくへこんだベッドが拷問の悲惨さを物語っていました。B棟には収容者や看守の写真が展示されていた。収容者の写真を見て回ると皆、どんよりした顔でいまにも写真の中から悲痛な叫びが聞こえてきそうだった。

そしてここからは、トゥールスレーン刑務所から生還した7人のうちの1人で、生き証人のチュン・メイさんにポル・ポト時代の当時のお話を聞かせていただきました。収容者たちが監禁されていた独房の中で実際に再現しながら当時の様子を語ってくれました。チュン・メイさんは「当時のことを思い出すのは辛い。だが、ここであったことを若い世代の人々に伝えたい」。目に薄っすらと涙を浮かべながらそう語りました。辛い記憶を掘り起こしてまで伝えてくれている。それを私たちは受け継いでいくべきなのだと確信しました。

二日目のプログラムから、キリングフィールド、トゥールスレン刑務所と、気持ちの切り替えが大変な日でしたが、今までは他人ごとだったことが自分にとって近い存在となった日でした。

近藤礼奈

寝屋川高等学校2年生(参加当時)。2015年カンボジア・スタディツアーに高校生チャレンジ枠として参加。

近藤礼奈カンボジアレポート

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