「これこそ僕がなくしたい教育格差」カンボジア・スタディツアー高校生レポート:三浦優哉2

2014/04/11三浦優哉

2日目は、カンボジアの歴史を学ぶ日でした。この日の正直な感想は、僕はカンボジアを完全に軽視していました。

午前は首都プノンペン郊外にある大量虐殺が行われた「キリングフィールド」を訪問しました。殺された人数は実に全国で200万人といわれ、当時の全国民の5分の1から4分の1と言われています。ポル・ポト政権下では政治に反対する可能性があった知識層の人々、つまり医者や先生、眼鏡をかけている人や手のひらが柔らかい人(農家の人は力仕事をするために手のひらが固くなってしまうので、柔らかい人は富裕層だと考えられた)、外国語が話せる人や裏切りそうな人が殺されました。また一人が殺されれば情報が漏れないようにその家族も殺されたということでした。

田舎の人々はある程度利用されてから殺されたりもしました。殺し方で特徴的なのは絶対に銃を使わないことでした。銃は値段が高いためキリングフィールド内にある毒の実がなる木や刃物のような葉がなる木がたくさんありそれが使われていました。とくに刃物のような葉で殺すときは即死ではないと聞いた時、体中に寒気が走りました。また、キリングツリーと呼ばれる大木に子供の足を持って木に頭をぶつけて殺したということも聞きました。すごく怖かったのを今でも覚えています。

僕は昔に同日にとても身近な2人に命を失った時がありました。その時の悲しみは今でもすぐに思い出せるほど大きかったものでした。大量虐殺といった言葉のように歴史上の事実ととらえがちですが、殺された一人一人のことを考えていくと僕は壊れてしまいそうな気持ちになります。少し考えるだけで言葉にならない感情が涙となります。これは僕がカンボジアの歴史を軽視していた結果かもしれません。

キリングフィールドで発見された骨
赤ん坊が打ちつけられたキリングツリー

午後からはトゥールスレイン刑務所を訪れました。もともと刑務所は小学校であったことが最初の驚きでした。4つの塔がありすべてで433部屋ありました。14000人から20000人刑務所内で死にましたが、無事に刑務所から出られたのはたった7人だけという信じがたい事実もありました。その一人のチュン・メイさんのお話はすごくリアルな内容でした。

びっくりしたのは、刑務所の外側にある金網は逃げようにではなく自殺防止だったことでした。でもそれ以上に鮮明に覚えているのは刑務所内に展示してあった沢山の絵です。特に覚えている一枚の絵は二人の男の人がいて、片方の男の人が子供を空高くに放り投げ、もう一人の男の人がその子供を銃で撃っている絵でした。うしろには子供の死体がたくさんあって、はじめ見たときは吐き気がしました。これだけは目に焼き付いて忘れることができません。それ以外にもたくさん残酷な絵がありました。

トゥールスレンの建物に張られた金網
お話しして下さったチュン・メイさん
中には収容された人の写真がずらっと並んでいる

3日目はカンボジアの人とコミュニケーションをとる日でした。午前はSVA(シャンティ国際ボランティア)がしているスラムの移動図書館活動とカンボジアの教育について聞きました。とくに今回ガイドをしてくれた江口さんがすごく印象的でした。カンボジアについて詳しく教えてくれたのはもちろん自由時間に江口さんの方から近づいてきてくださり僕の夢について真剣に話を耳に傾けてくれました。その上で是非ともこうしてくれ!と何度も言っていました。

江口さんの存在により僕は「教育格差に将来取り組んでみたい」と思うようになりました。あとのミーティングでも分ったことですが、カンボジアの教育問題はたくさんありました。小学校教員のうち高校卒業が47%、中学校卒業が47%、小学校卒業が4%、大学卒業が2%という現状に驚き、給料が少ないため放課後に学校の教室で私塾を開いたりする教員もいます。その私塾の内容がテストにでるということを聞いて怒りを隠すことができませんでした。どれほど学校の授業を真剣に受けても私塾に行っている人と金銭的な事情で行っていない人とに差が生まれてしまいます。これこそ僕がなくしたい教育格差です。

教育とは、必要とされる人には自由に開かれている門、無限の可能性と考えています。それなのに、金銭的な問題でその可能性が奪われるのはとてもおかしいと思います。僕もそうでした。昔は勉強が大好きだったので塾や予備校に通ってたくさん勉強したかったです。そんな家庭の金銭的な事情で通えない僕を助けてくれたのがCFCでした。今はCFCのおかげで通信教育をすることができて満足ですが、僕だけが満足にすごせるだけでいいのか?その時そう思いました。

僕みたいに、いや僕以上に勉強したい人はいるのではないかと考えるとすごくもどかしくなりました。この時をツアー前に書いた作文のことを思い出し、ずっと「教育」について考えていました。その時思ったのが世界を取り巻く「医療格差」、「貧困格差」などすべての格差は結局「教育格差」が根源なのではないかと思いました。教育がしっかりすれば貧困から抜け出すことができ、「貧困格差」から抜け出せれば「医療格差」からも抜け出せると考えました。そこまで分かっても「教育格差」は埋められていないのはどうしてかすごく疑問でした。

今のカンボジアの子供の親は学校に行ってないゆえ学校の存在の意味がわからない、実際に学校の教育がなくても生きてきた親は子供には教育より働いてもらう方が家庭にお金が入ると考えています。簡潔に言うと教育の重要性が分かっていない人が多いということです。これが江口さんが僕に教えてくれた答えでした。僕にできることはなにかないか、そう今でも考えています。

江口さんと一緒にスラム街を回り、家庭訪問

午後からはCHA(ポリオの女性障害者が洋裁技術を習得するためのNGO)を訪問しました。ここではカンボジアの人々がいかに親しみやすい人々であるかが良くわかりました。僕はクメール語がまったくしゃべれずあたふたしていたのですが、ある女性はしっかり僕の話を聞こうとしてくれて、会話が進むと「好きだ!」と告白されたりしました。普通の日本人なら恥ずかしくて言えないような設定を笑いながら話してきたりしてすごくびっくりしました。帰り際には「次はいつ来るの?」と言われたりしてとても別れがさびしくなりました。

ほんの数時間しかいなかった、ましてや人種が違う僕にそこまで心を開いてくれる彼女らがすごく輝いて見えました。カンボジアと日本の大きな違いはそこだと思います。カンボジアのほとんど皆が道端で目が合うと笑みを浮かべコミュニケーションを取ろうとします。あったかい人がとても多い国です。しかし、日本ではどうでしょうか。道端で知らない人と目があったらまずはそらすでしょう。なぜかすごく悲しい気持ちになりました。カンボジアの人々のフレンドリーさによって溶け込んでいった僕は、別れがいっそうさびしく感じました。

CHA、女性たちの作業場で

三浦優哉

兵庫県立西宮甲山高校2年生(参加当時)。2014年春カンボジア・スタディツアーに高校生チャレンジ枠として参加。

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