(C) Natsuki Yasuda

「私がずっとずっと、求めていたものが、ここにはあったのだ」カンボジア・スタディツアー高校生レポート:西端雅(3/5)

2015/05/07西端雅

五日目

午前、タサエンへ移動。タサエンのNGO宿舎に到着すると、元気なワンちゃんがお出迎えしてくれた!滞在中、あだ名はモップになっていたが(笑)。カメラの中にはばっちりと、かわいいモップのソロ写真も!(笑) そして、NPO法人・国際地雷処理・地域復興支援の会IMCCD理事長兼現地代表の高山良二さんも歓迎してくださった。みんなで、自己紹介をする。

IMCCDの活動目的…カンボジア政府機関のCMAC(カンボジア地雷対策センター)と共同して、住民による地雷処理活動を進め、また、自立可能な地域復興を支援することともに、相互の友好交流を促進する。平和構築の理念を広く内外に啓発すること。

活動内容…地雷原を畑や道路、学校にすること。学校建設と運営支援。人材育成としての、日本語教室。地域産業の育成と支援。日本企業の誘致。道路整備。衛生改善としての、井戸の設置。

こうした活動に、高山さんは取り組んでいる。さっそく高山さんとバスで移動し、村を案内してもらう。

一軒のお家を訪問した。ここには、ココナッツを育てているおじさんと奥さん、そのお兄さんがいた。ココナッツおじさんは、ある時、片方の足を地雷でなくしてしまった。それでもココナッツを育ててきた。だが、またその時はやってきた…。もう片方の足も地雷でなくしたのだ。ココナッツおじさんは、「生きていてもしかたがない」と自殺も考えたが、義足と共に生活し、畑でココナッツを育て続けることができたのは、愛する奥さんのおかげだと言っていた。

「あなたがいたから、生きようと思えた」。生きる希望を与えるほど、果てしなく、大きな愛。

畑の水やりは、2日に1回。広い面積の水やりをするのには、相当な時間がかかる。ココナッツおじさんは、言う。「家族と子どもたち、そして将来のためだ」。そんなココナッツおじさんが育てたココナッツは、「幸せの味」がした。愛でできている、ココナッツ。最後におじさんは、みんなの前で奥さんにあたたかいハグとキスをした。奥さんは、照れていたけど、幸せそうだった。何十年にもわたる、「変わらぬ愛」がここにあった。

その後、地雷によって亡くなった7人のディマイナーさんの慰霊碑で黙祷し、また一軒のお家を訪問する。ここには、IMCCDの支援を受けて日本に留学している姉をもつ、兄妹がいた。このあたりでは最も貧困な家庭だと高山さんは言っていた。弟くんと話ができた。

お姉ちゃんが留学できたことを嬉しいと喜んでいた弟くん。

●何をして遊ぶのが好き?
「勉強とスポーツ!」

高山さんの所では、日本語教室を開いている。だから、日本語はもちろん、英語ももっと勉強したいと話してくれた。スポーツは、サッカーが好きなよう。

●将来の夢は?
「お姉ちゃんと一緒に仕事がしたい」

優秀な姉を尊敬し、また、誇りに思っているようだった。

日本に留学することができたお姉ちゃんも、この弟くんも、ハングリー精神が素晴らしいと高山さんは褒めていた。そう話す高山さんも嬉しそうで、家族同然なのだろうな、と私は思った。

出国前から、カンボジアの子どもたちに何かできることはないかと考えていた。そして、「服が役に立つかもしれない!」そう思い、押入れから小学生の時に着ていた、今はもう小さくなってしまった服を引っ張り出した!!その9着を圧縮袋に入れて、キャリーケースに詰め込んだのだった。このうちの4枚を兄妹2人に渡すことができ、残りの5枚は、高山さんに託した。妹ちゃんは、恥ずかしがりだったけど喜んでくれていたように思う。服を一緒に選んだときは、妹と買い物にきたような気分になって、弟と妹がいない私も嬉しかった。「ああ、持ってきてよかったなぁ。」そう、思わせてくれた。お母さんとお父さんはご不在で、会うことができなかった。

宿舎に戻り、日本語教室を見学する。先ほどの弟くんの姿もあった。なんと彼は、渡した服をさっそく着てくれていた!そのことが何よりも嬉しかった。真っ白なその服は、優しい彼の心そのもののようだった…。本当によく似合っていて、姉のような気持ちで彼を見守った。みんなとても日本語が上手だ!その後、子どもたちと一緒に折り紙や大縄跳びをして遊び、みんなからたくさんの元気と力をもらった。

夕食。マウちゃんがつくるご飯は、本当に美味しかった。床に座り、全員でご飯を囲みながら食事をする。こんなにも大きな幸せを与えてくれたマウちゃんとみんなに感謝。マウちゃん、ご飯ほんとにありがとう!!そんな幸せな気持ちで見た宿舎からの景色が忘れられない。夜に染まっていくタサエンの空。「時が止まればいいのに…」そう思うほどの幸福感と感動で、胸がいっぱいだった。

タサエンでのお風呂は、水浴び!3人ずつくらいにわかれて、順番に水浴びをした。きゃいきゃい、うるさかったと思う(笑)。それから、初めてのハンモックで就寝!新鮮味があって、タサエンに来ているんだなと改めて実感した。日本でのしんどい生活を思い出すのも嫌なくらいに、タサエンという村は開放的なのだ。まっさらな心で眠りについた…。(夜中、突然聞こえてきたメンバーの一人の寝言は、近くにいた人が「命の危険を感じた」と言っていたほどの雄叫びで(笑)みんなが驚いていたけど、私は何の危機感も感じないほどに自然体だった…)

六日目

朝食後、広場に集合すると、そこにはすでに、地雷処理のディマイナーさんたち5人が整列し、高山さんが点呼をしているところだった。太陽の輝きが、彼らを包む。ただただ、美しかった。いつでも危険と隣合わせの、命をかけた地雷処理。眩しさの中に、私は、命と向き合う強さを見た。

地雷の不発弾処理の見学させていただく前に、昨日訪問したお家に向かう。

今日は、弟くんたちのお母さんがお家にいた!!やっと、会えた!娘さんを留学に送り出したお母さんとお父さん、2人は文字の読み書きができないと来る前から聞いていた。我が子には… きっと、子を思う強い気持ちがあったのだろうし、今もあるのだと思う。お母さんは、菜津紀さんとあたたかいハグを交わす。そして、手を合わせ、私のことも優しく抱きしめてくれた。これには、涙が溢れた。お母さんも泣いていた。もう忘れてしまった、「母の温もり」を全身で感じたようだった。身体から伝わる優しい温もりは、愛で溢れていて、こんなにも素敵な両親に愛されていることが、本当に羨ましくも、切なくもあった。私がずっとずっと、求めていたものが、ここにはあったのだ。最後まで手を合わせ、お母さんは私たちを見送る。ありがとう。

その後、不発弾の爆破処理を見学する。キャッサバ畑を進むと、土の中には、悲しい歴史が埋まっていた。ディマイナーさんがこのように話してくれた。「地雷除去は、怖い。でも、カンボジア内戦がなくなってきて、地雷による被害をなくし、安全になった土地で畑ができるよう、しっかりと技術を学んでいる」。

高山さんも言う。「マニュアル通りにはしない」。そこには、信頼関係があるからだ。プライドの高い人にはできない地雷処理は、チームワークが必要不可欠。「自分が地雷でとばされた時は、みんなも一緒にとばされる。みんながとばされた時には、自分も一緒にとばされる」。「大切なのは、除去した数ではなく、安全になった土地の広さだ」。目の前には、命をかけた覚悟と確かな絆があった。

200m離れたところから爆破処理を見守る。爆破警告のサイレンが鳴り、その後、着火される。3つの地雷が順に爆破された。心臓に、足に、重い衝撃が走る。それは、決して心地の良いものではなく、これまでに感じたことのない恐怖。最後に爆破された対戦車地雷は、忘れられないものとなった。爆破後、地雷があった場所へ戻る。地面はめちゃくちゃで、そこには大きな穴が開いていた。嗅いだ事のない臭いが漂う。その嫌な臭いは戦争の恐ろしさ、悲しさを私たちに知らせた。

その後は、近くの学校などを見学し、宿舎に戻った。地雷処理で安全になった土地にキャッサバ畑があったが、宿舎の横には工場がある。ここでは、そのキャッサバを使って焼酎を作っている。人々の希望や願いが詰まっているような、そんなキャッサバを使った焼酎。もっと世界中の人から愛されるようになればいいな。

この日の夕食は、村の人たちも集まり、みんなで焼き肉パーティ!!肉を焼く!食べる!!食べる!!!踊る!!!!!常に音楽がかかっている広場。とにかく楽しくて、美味しくて、幸せで!タサエンでの熱い夜が始まる。

私たちが囲んでいた鍋の場所にいた同年代の子たちの名前に、日本らしい名前を付けてあげた。すると、わたしにもカンボジアらしい名前をつけてくれた!日本語教室に通っているから、日本語が本当に上手で、「その名前には、何か意味があるの?」と日本語で聞くと、「日本語で、花、みたいな意味です」と答えてくれた。これには、心底感動した。

村の人たち、というより、カンボジアの人々は本当に優しくてあたたかい。隣にいた女の子は、私のお皿にお肉をのせてくれたり、お母様方は「もっと食べて!」と言ってくれたり…。踊りが苦手な私もとにかくめちゃくちゃに踊りまくって、気持ちが良かった。日本で溜まっていたストレスが大量の汗と共に消えていくような気がした。もうこんなに踊ることは今後ないのでは…(笑)

なんと!この日会った弟くんのお母さんが、飲み物を作りに来ていた!!また会えたことが嬉しくて嬉しくてしかたがなかった!妹ちゃんに渡した服を、お母さんも着てくれていた!カンボジアに来て、この家族が大好きになった私。また行くことができたら、必ず会おうと決めている。片付けの時、お母さんの隣で一緒にお皿洗いをしたことは、一生の思い出!!

忘れられない記憶がまたひとつ、またひとつ増えていく、タサエンの夜。国の違いなんて関係ない!「タサエン☆ナイトフィーバー!」

西端雅

第一学院高等学校3年生(参加当時)。2015年カンボジア・スタディツアーに高校生チャレンジ枠として参加。

西端雅カンボジアレポート

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