カンボジア緑の村2:12歳の母の顔

2014/03/01安田菜津紀

カンボジア首都プノンペン郊外、トゥオールサンボ地区にあるHIV感染者の村。ここに足を運ぶようになって、1年半ほどが過ぎた。相変わらず元気な子どもたちが、毎回駆け寄って迎えてくれる。いつも他の子どもたちから少し遅れて、遠慮がちに近づいてくる女の子がいる。彼女の名前はトーン(13)。ほっそりとした、背の小さな女の子だ。

トーンの朝は、両親に薬を飲ませることから始まる。父親は軍隊にいた頃に注射器の使いまわしでHIVに感染、母親は父親から感染した。父親に仕事はなく、昼間から村の一角で賭け事をしている。母親が村の一角で小さなカキ氷屋を出して生計を立てていた。

家族と一緒にいるとき、「本当に彼女は13歳なのだろうか」と考えてしまうほどに、大人びた表情を見せる。今年2歳になる弟のモニラの世話をしているときは、弟をあやす姉の顔というよりも、むしろ一家を支える母の顔のように見えた。友達と一緒にいても、やんちゃ坊主たちの喧嘩をいつもなだめているのはトーンだった。

彼女の中には、何か失われてしまった子どもの時代が眠っているように感じる。甘えることのできない環境の中で、彼女はどんな「大人」へと成長していくのだろう。トーンの瞳を覗き込み、そんなことを考えた。ある日の午後、子どもたちが散歩に行こうと言い出した。雨季に入ったばかりの6月。村をぐるっと囲む田んぼのあぜ道は、様々な色の花で溢れていた。

「ねえねえ、花束をあげる!」

声をかけられて振り返ると、溢れんばかりの笑顔のトーンが、集めてきた花を手に、息をはずませて立っていた。

その顔は輝き、13歳の少女の表情をしていた。「私もっとキレイな花とってこれるもん!」と、一斉に走り出した他の子どもたちを追ってトーンも走り出す。花束を受け取り、彼女たちの後姿を見ながら、何か少し、ほっとした気持ちになった。

(2010年10月 旧E-PRESS掲載)

安田菜津紀(Natsuki YASUDA)

1987年神奈川県生まれ。studioAFTERMODE所属フォトジャーナリスト。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、カンボジアを中心に、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。2012年、「HIVと共に生まれる -ウガンダのエイズ孤児たち-」で第8回名取洋之助写真賞受賞。共著に『アジア×カメラ 「正解」のない旅へ』(第三書館)、『ファインダー越しの3.11』(原書房)。上智大学卒。

カンボジア緑の村

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