カンボジア緑の村3:それでも希望へ進んでいく

2014/03/01安田菜津紀

カンボジアの首都郊外にある、「緑の村」と呼ばれるHIV感染者の村。ここに通い始めてから、もうすぐ2年が経とうとしています。この村に通う以前、HIVは病気の問題なのだと思っていました。けれど村に足を踏み入れ、差別の実態を目の当たりにするうちに、これは教育や貧困の問題でもあるのだと気づきました。そして昨年、更に複雑な問題が人の命を奪ってしまうことを知ったのです。

村人の一人に、チャムロンさん(40)というお父さんがいました。足が悪く、いつも離れた木陰から子どもたちが遊びまわる姿を、ただじっと見ていました。

チャムロンさんが肺を患い、病院に運ばれたのは昨年の7月。雨の少ない日が続く、からっと晴れた朝のことでした。奥さんは既にエイズで亡くなっているため、一人息子のペーくん(13)とおばあさんの2人が休むことなく付き添いましたが、その甲斐なくチャムロンさんは病院に運ばれて、4日目に息を引き取りました。

焼き場からチャムロンさんの遺骨がかえってくるや、おばあさんがわっと泣き出しました。エイズに蝕まれた遺骨は、ほんの一握りしか残らなかったのです。「息子が小さくなってしまった。なぜこんなことが起きてしまったの」。その横で泣くまいと歯を食いしばるペーくんを前に、言葉を失いました。

カンボジアでは内戦で崩壊してしまった医療体制、そして和平の中での性産業の広がりを受け、HIVが急速に広がりました。現在、抗エイズ剤などの開発が徐々に進められ、たとえHIVに感染しても、きちんと服用すればエイズの発症をある程度抑えることが可能になっています。HIVに対する認知も徐々に高まり、感染率は1%未満になったといわれています。

チャムロンさんが通っている病院には外国のNGOの支援が入り、抗エイズ剤を受け取ることができていました。これで一安心。ペー君もおばあちゃんも、そしてチャムロンさん自身もそう思っていたのです。

けれども服用しなければならない薬は、時間に非常に厳しい薬です。飲み忘れが重なれば耐性ができてしまい、効果がなくなってしまうのです。

教育を受けていないチャムロンさんは時計の文字盤が読めないため、日の出と日の入りに合わせて薬を飲んでいました。時間を厳密に守ることが習慣として根付いていないチャムロンさんにとって、毎日2回の服用は周囲の協力、そして正しい知識や丁寧な指導なしには難しいことでした。

カンボジアは内戦などの影響で、医師不足・体制の脆弱さなど、医療の課題は山積みの状態です。首都の病院は毎日患者で溢れ、朝から晩まで待合室で診察を待つ状態。一人にかけられる時間は5分程度。そんな中で一人一人が薬をしっかり服用できているか、丁寧に指導をするの難しい状態でした。

チャムロンさんは、いつしか飲み忘れが重なり、知らず知らずのうちに薬に耐性ができてしまっていたのです。

チャムロンさんの遺骨が、ほとんど骨組みしかない自宅へと帰っていきました。村の大人たちが集まり、果物やお水をチャムロンさんの遺骨の傍にそっと置いていきます。皆数々の死を目の当たりにしてきたのでしょう。悲しみを押し殺すように、お葬式のこと、遺影のことなど、低い声で静かに話し合いが始まりました。そんな輪を抜け、ペー君が散歩に行こうと誘ってくれました。

真っ白な花が田んぼのあぜ道を覆っています。1匹の子犬を連れ、ペー君はだまって花を眺めながら歩きます。私にはそれが、気持ちを落ち着けようと必死になっているように感じられました。

やがて田んぼの向こう側から、ケラケラと笑いながら小さな男の子が走ってきました。ペー君と同い年のトーイ君でした。母子感染でHIVに感染しているトーイ。薬の副作用でボロボロの肌の手をペー君に差し出し、勢いよく引っ張って子どもたちの輪の中へと戻っていきました。爽やかな風が吹く、午後のあぜ道。子どもたちの笑い声は、夕方まで村の中に響き渡っていました。

HIVウイルスは村の人々の体を蝕み、ときに家族を引き裂いていきました。痛みと悲しみを抱えながらも、人々は身を寄せ合いながら生きています。戦争からの復興を徐々に果たし、急速に発展しつつあるカンボジア。その発展の裏に追いやられてしまった命を、私たちは忘れてはならないでしょう。

(2011年2月 旧E-PRESS掲載)

安田菜津紀(Natsuki YASUDA)

1987年神奈川県生まれ。studioAFTERMODE所属フォトジャーナリスト。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、カンボジアを中心に、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。2012年、「HIVと共に生まれる -ウガンダのエイズ孤児たち-」で第8回名取洋之助写真賞受賞。共著に『アジア×カメラ 「正解」のない旅へ』(第三書館)、『ファインダー越しの3.11』(原書房)。上智大学卒。

カンボジア緑の村

comments powered by Disqus

Next Quest