瞳の奥に映るもの ―盲目の水泳選手、秋山里奈―

2014/03/01佐藤慧

01:18.59、電光掲示板に誇らしげに刻まれたその数字は、盲目のスイマー、秋山里奈さん(24)が、S11(盲目)クラス、100m背泳ぎで世界一速いことを証明していた。2012年7月16日、大阪府門真市「なみはやドーム」で開催されたジャパンパラ水泳競技大会の舞台で叩きだしたその世界新記録は、8月29日にロンドンで開会式を迎えた2012パラリンピック競技大会での金メダル獲得に向けて、大きな一歩となった。

4年に1度、オリンピック終了後に、同じ開催都市で行われているパラリンピック(もうひとつの”Parallel”+オリンピック”Olympic”)は、障がい者を対象とした世界最高峰のスポーツ競技大会だが、オリンピックに比べると圧倒的に知名度も低く、実施されているスポーツの種目も馴染みのないものが多いのではないだろうか。

僕はたまたま母が、手話通訳や、盲目の方への朗読図書の録音など、障害を持った方々と関わる活動に携わっていたこともあり、幼い頃からパラリンピックの存在については知っていた。しかし、いざ他の人とパラリンピックの話をすると、そもそも大会の存在自体を知らないという声が多かった。

メディアによる扱いも、スポーツ大会というよりは福祉の一環といった扱いをされることが多く、年々その認知度が上がってきているとはいえ、まだまだ一般への認知は進んでいない。そんな大会に、秋山里奈さんの記事を通して、少しでも関心を持ってもらえたら幸いである。

S11クラス、100m背泳ぎの金メダルを狙う秋山里奈さん。

身体障がい者の出場するスポーツ大会には、その障害の程度によって様々なクラス分けが存在する。競技ごとに違うのはもちろんだが、大会の主催によっても違う場合があり多少複雑だ。ロンドンパラリンピック大会では、国際パラリンピック委員会水泳部門(IPC-SW)が定めたクラス分け規則が適用されることになる。

視覚障害を持った選手のクラスは、視力(コンタクトレンズや眼鏡などを用いた矯正視力)や視野の程度によりS11(最も重度)からS13(最も軽度)の3つに分けられる。里奈さんのクラス、S11は視力0、つまり完全に目が見えない、盲目の選手のクラスだ。このようにクラス分けをすることで、障害の程度に関わらず平等な競技が成立する。

そして、視覚障がい者の水泳競技には独特のルールもある。S11クラスの選手には、ターンの直前にタッピング(プールの壁を知らせる合図)を行うことが義務付けられているのだ。コンマ1秒を競う競泳の最中、壁に激突するという恐怖があっては全力で泳げない。

ターンまであと少しという所で、コーチが棒で選手の頭を軽く叩き合図を出す。この合図がうまく出せるかどうかもタイムに影響してくるため、日頃から選手とコーチ、二人三脚での練習は欠かせない。タッピング棒については規格やルールが無いため、国によって様々な棒が使われているが、日本のタッピング棒(グラスファイバー製の釣竿にウレタンで作った先端を取り付ける)は質が高い、と他国の選手の間でも話題になるそうだ。

タッピングの息が合っているかどうかも、タイムを大きく左右する。

初めて秋山里奈さんとお会いしたのは、ロンドンパラリンピックに向けて取材を進めていた5月のことだった。ただ単にスポーツ速報として競技結果を伝えるだけでは、パラリンピックの魅力をきちんと伝えることは難しいと思い、「選手」という枠を越え、「ひとりの人間」としてその肉声を聴くことの出来る人物を探していた。

知人の縁で紹介して頂いた里奈さんと初めて会った時、本当にこの人が世界の頂点を目指すアスリートなのだろうかと目を疑った。そこには、落ち着いた佇まいで穏やかな笑顔を浮かべる女性が立っていた。この細い腕で、世界の強豪たちとその頂点を争っているとは想像出来なかった。現在は大学院で法律を学びながら、毎日の厳しい練習を行なっているという。

お茶を飲みながら、学校生活、将来の夢、恋の話など、色々な話を伺っていると、目の前の女性は本当にどこにでもいるような、青春真っ只中の若者のようだった。特に恋の話では盛り上がり、「国際大会の度に様々な人に逢えるから、ロンドンでも素敵な出逢いがあるといいな」と冗談交じりに談笑した。

その良く通る声からは、明朗快活で社交的な里奈さんの性格が伺える。しかし、ロンドンでの金メダル獲得への意気込みについて語り始めた時、静かな闘志がその身を包むのを見て、ああ、この人は本物のアスリートなんだな、と確信した。

穏やかな笑顔とは裏腹に、その言葉は勝負への気迫に満ちている。

里奈さんがパラリンピックの水泳種目日本代表として出場するのは、今回で3度目になる。幼い頃から姉の通うスイミングスクールに自然と通っていた里奈さんが、パラリンピックを目指し始めたのは小学6年生の頃だった。世界で活躍する盲目の水泳選手、河合純一選手の存在を知り「私も世界一を目指したい」と思った。幼い頃から負けず嫌いで、何にでも果敢に挑戦したという。同じく盲目の近所の友人と、自転車で町へ繰り出し怪我をして帰ってくることもあったという。

初めてのパラリンピック出場は16歳の時のアテネ大会だった。大きな舞台を楽しみながら泳いだ里奈さんは、100m背泳ぎで見事銀メダルを獲得した。「まさか銀メダルを獲れるとは思ってなかった」という里奈さんだが、一歩届かなかった金メダルへの思いは募っていった。

しかし、4年後の北京大会を目指す里奈さんに衝撃的な知らせが届いた。里奈さんが最も得意とするS11クラスの背泳ぎが、北京オリンピックの実施種目から外されたという。愕然とする里奈さんだったが、アテネで抱いた金メダルへの思いが潰えることはなかった。「背泳ぎが駄目でも自由形で挑戦したい」と急遽練習を切り替え、北京を目指した。同じ水泳でも、背泳ぎのように水を背にした泳法と他の泳ぎ方では、体の使い方や水の感じ方が全然違うという。無謀とも思える挑戦だったが、彼女は前に進むことしか考えていなかった。

挑んだ結果、北京大会では50m自由形で8位と、メダルには及ばなかったが、苦手種目を練習によって克服し、決勝まで勝ち残ったことは里奈さんにとっては満足の行く結果だった。その後、今回のロンドン大会で背泳ぎが実施種目として復活を遂げると、金メダルへの挑戦という積年の目標が、再び現実味を帯びてきた。16歳で銀メダルを獲得してから8年、想いの全てを凝縮した勝負の時は、9月2日、目前に迫っている。

日の丸を背負い前に進んでいく。

里奈さんの出場する大会の観客席では里奈さんのご両親とその友人らが、楽しそうに会話をしていた。「里奈の大会がある度に、こうやってみんなで楽しんでいるんです」と、父の秋山良二さんは語る。

「4年に一度、こうやって海外まで仲間と一緒に応援に行くのが楽しみで」という良二さんらは、パラリンピックの応援でロンドンに滞在する間に、ヨーロッパの近隣諸国にも観光で足を伸ばすという。「なんか、みんなの方が楽しそうでずるいですよね」と、里奈さんは笑って言う。「でも、こうして泳いでいることで、みんなが楽しく交流出来る機会を作れていると思うと嬉しいです」。

観客席から里奈さんを見守るご両親。

生まれた時から盲目の里奈さんは、生後視力を失った人と違い「目が見える」という感覚を経験したことがない。例えば「色」というものも、彼女にとっては網膜に映る色彩ではなく、その色の名前の響きから生じる感覚なのだという。

「ピンクは柔らかい感じ、黒は冷たくて、硬い感じかな」、と様々な色について感じる印象を聞かせてもらった。容姿の美しさ、可愛さなどは、その人の声によって知覚するという。「周りの人(目の見える人)がイケメンだっていう人は、やっぱり声がいいんですよ。その人の持っている雰囲気、優しさのようなものも声を通して感じます」という。

写真によって何かを伝えるということを生業としている僕にとって、里奈さんの持つ「感覚」は非常に興味深いものだった。僕は、そのファインダー越しに捉えた像をそのまま伝えたいのではなく、その光景の奥に潜む思い、感情、痛みや喜びといった、言葉にならない感覚を伝えたいと思っている。

目には映らないものを捉えたい僕にとって、里奈さんの見ている景色というものは、五感を越えた世界の姿を捉えているように思えてならない。そのように考えると、目が見えないということは「感覚の欠落」というネガティブな面だけではないようにも思えてくる。五体満足に生まれてきた僕がこのように言うのは傲慢なことかもしれないが、盲目が故に研ぎ澄まされた視覚に頼らない世界の捉え方や、真っ直ぐに目標に向かう集中力を持つ里奈さんにとって、「目が見えない」ということはひとつの才能なのではないだろうか。

ともすれば簡単に思い違いをしてしまうが、僕たちは誰一人として同じ世界を見ていることなどなく、その感じ方、捉え方も様々だ。大人からすると何の変哲もない雑木林が、子どもたちには魅力的な遊び場所であったり、恐ろしい何かが潜んでいる未知の場所であるように感じたりするのと同じように、それぞれの人間が、唯一の知覚を用い世界を認識している。

「目が見えないからといって、何も出来ないわけではないんですよ。むしろ、ほとんどのことは健常者と同じように行えます」という里奈さんは、障害を持つ人々の見ている世界をもっと知ってほしいという思いも語ってくれた。「目が見えないということで親切にして頂けるのはありがたいのですが、もっと普通に、気を遣わずに接して欲しいですね」。

そんな里奈さんに将来の夢を聞いてみると、意外な答えが返ってきた。「ロンドンで金メダルを獲ったら、引退して普通のOLを目指したいです」。目が見えなくとも、普通に仕事も出来るし、経済的に自立することも出来る、それを自ら体現したいのだと里奈さんは言う。金メダルを眼前に捉え、勝負の時が迫る里奈さんにとっても、人生はまだまだ始まったばかり。その瞳の奥には、里奈さんが歩んでいく未来への光が、確かに煌めいていた。

ロンドンへの出発を目前に控える里奈さんとご両親。

秋山里奈(Rina AKIYAMA)プロフィール

1987/11/26生まれ
明治大学大学院生

2004年:アテネパラリンピックへ初出場。01:23.63で銀メダル獲得。
2007年:ジャパンパラ水泳競技大会出場。01:21.23で世界記録を更新。
2008年:北京パラリンピック(背泳ぎが種目から外れた)に50m自由形で出場、8位。
2009年:ジャパンパラ水泳競技大会出場。01:20.76で世界記録を更新。
2012年:ドイツオープン出場。50m背泳ぎ、00:37.75で世界記録更新。
2012年:ジャパンパラ水泳競技大会出場。01:18.59で世界記録更新。

ロンドン2012パラリンピック競技大会 出場競技日程

日付 日本時間 種目
8月31日 19:01 女子 100m 自由形 予選
9月1日 19:24 女子 50m 自由形 予選
9月2日 18:24 女子 100m 背泳ぎ 予選
9月3日 18:45 女子 100m 平泳ぎ 予選
9月7日 18:07 女子 400m 自由形 予選
9月8日 19:14 女子 200m 個人 メドレー 予選

(2012年8月 LIVEonWIRE_JOURNAL掲載)

佐藤慧(Kei SATO)

1982年岩手県生まれ。国際開発の分野に関わり、アメリカ、アフリカ、中米などで経験を積む。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、命の尊厳や愛を伝える手段としてのジャーナリズムや芸術活動に希望を託し活動を開始。言葉を探しつつ、風に吹かれ、根無し草のように自由に世界を漂いながら国家、人種、宗教といったあらゆる境界線を超えて、人と人との心の繋がりを探求し、それを伝えていく。

パラリンピック2012

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