人間遍路1:早すぎる流れの中で

2014/03/09佐藤慧

遍路といえば、多くの人が四国巡礼を思い浮かべるだろう。本来遍路とは、海岸沿いの土地や道を意味したという説がある。海の彼方にあると信じられていた神道上の土地、「根の国」へ渡ることを願い、海岸線を歩いて行く。民俗学者の柳田國男は、「根の国」の起源は琉球に根付く他界信仰、「ニライカナイ」と同じものであり、豊穣や生命の源であるとしている。

僕にとって、人生の中で人と出逢っていくこと、それが遍路である。ひとりひとりの人間と向き合い、その奥にある、人間というものの根源を見つめる旅。有限の人生の中で、目の前のあなたと巡り合えたことは奇跡に他ならない。全ての出逢いが、唯一無二の色彩を放ち、糸のように絡まり、曼荼羅を紡いでいく。

遍路に白装束はつきものだが、これは過酷な旅の途中でいつ死んでもいいように、常に死出衣装を纏っているということらしい。限りある命を見つめるためには、死は傍らになければいけない。諸行無常の中にあるからこそ、あなたとの出逢いはかけがえのない光を放っているのだ。この連載【人間遍路】では、僕の魂に編まれた人々との出逢いを綴っていこうと思う。


澄み渡る青空の下、僕はアフリカ南部の国、ザンビア共和国にいた。ザンビアでは、高い幼児死亡率、HIVエイズの感染率を背景に、国民の平均寿命は38歳に満たない。1日1ドル以下で暮らし、貧困層に区分される人たち。

しかしその悲惨な数値とは裏腹に、僕がザンビアの田舎で見たものは、人々の絆の深さ、そして優しさだった。病気や障害を持った人、親を亡くした子供たちや、体の弱った高齢者など、彼ら、彼女らは、親類や近隣の住人の温かい手助けの元、安心した生活を営んでいた。

年間3万人の自殺者や、老人の孤独死を抱える日本と比較して、いったいどちらが幸福な社会なのだろうかと、僕は自分の持っている物差しが、如何に不完全なものかを思い知った。交通手段や通信技術の発達に伴い、世界は急速に繋がり、狭くなった。地球の裏側でさえ、市場取引においては密接に繋がっている。ザンビアの主要輸出物の銅が、日本の硬貨にも多分に含まれていることはあまり知られていない。

アフリカ南部の小国は、否応なくグローバリゼーションの波に飲み込まれていった。人口140万人に達するザンビアの首都、ルサカで出逢ったエリザベス(19)も、そんな巨大な波に翻弄され、未来の見えない生活を送るひとりだった。

「誰も頼る人がいないの」というエリザベスは、去年祖父を病気で亡くしたばかりだった。両親と祖父と共に、職を求めて首都に出て来たが、まもなく両親はエイズを発症し他界。残された祖父とふたりで細々と生活をしていたが、今ではひとりとなり、路上にさまよい出てきた。

「何か食べ物を買うお金をちょうだい」。うつろな目で話しかけてきたエリザベスの右手には、シンナーを染み込ませた布が握られていた。それを嗅ぐことで、2~3日は空腹を紛らわすことが出来るという。

「夜は仲間と固まって寝るの、ひとりだと危険だから」。路上で生活をする女の子は、性的被害に遭うことも多い。彼女たち自身、体を売って生計を立てていることも多々あり、妊娠したおなかを抱えながら街角に立つ子もいた。母子感染により、生まれつきHIVに感染して生まれてくる子供が、無防備な性行為や売春を行うことによって、その感染は拡大している。

「体調不良を訴えて施設に駆け込んで来る子の、実に90%以上がHIV陽性です」と、路上孤児支援をするNGOの職員は言う。うつろな目でレンズに笑顔を向ける彼女は、僕がシャッターを切ると「またね」と言って去っていった。

日本に帰り、写真を手に取り彼女を思い出す。早すぎる流れの中で、君と一瞬だけでも人生の時間が交じり合ったことには、どんな意味があるのだろう。またひとつ、僕の世界にかけがえのない紋様が刻まれた。

グローバル社会の物流は、都会に処理しきれないほどのゴミをもたらした。人の心の中にも、老廃物が溜まり易くなっているのかもしれない。

(2010年12月 旧E-PRESS掲載)

佐藤慧(Kei SATO)

1982年岩手県生まれ。国際開発の分野に関わり、アメリカ、アフリカ、中米などで経験を積む。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、命の尊厳や愛を伝える手段としてのジャーナリズムや芸術活動に希望を託し活動を開始。言葉を探しつつ、風に吹かれ、根無し草のように自由に世界を漂いながら国家、人種、宗教といったあらゆる境界線を超えて、人と人との心の繋がりを探求し、それを伝えていく。

人間遍路

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