音の世界の中で研ぎ澄まされる ゴールボール日本チームのパラリンピック3

2014/03/01矢萩邦彦

入場後、日本チームがすぐに投球練習、守備練習を始める中、中国選手は全員がコートの中に入り、ひたすら小さな動きの練習を繰り返す。3分ほど経った後、満を持してボールを使った練習を始めた。明らかに今までの対戦相手とは動きが違う。スピードボールはもちろん、縦回転を巧みに利用したバウンドのさせ方がうまい。洗練された動きはテキパキと迷いがない。妙に落ち着き払っている。

中国はすでに今大会の金メダルの20パーセントほどを獲得している。ゴールボールでも強豪中の強豪だ。しかし、これまで二度の遠征合宿で中国と対戦している日本チームは、攻略していると信じたい。浦田理恵選手の自信に溢れるコメントが頭をよぎる。

「ほんとに中国は強いですけど、今まで4年間目指してきたのは金メダルなので、しっかりパーフェクトに抑えて勝ちに行きます!頑張ります!」

選手紹介に笑顔で応える浦田選手。決勝前とは思えない笑顔が輝いていた。(写真:矢萩邦彦)

『We Will Rock You』のリズムに合わせて、日本選手もリズムを取る。固すぎずいい雰囲気だ。アナウンスが流れ、ホイッスルが鳴る。プレイ!

中国のディフェンスはほぼ二枚。二人の選手で二重にブロックする。やや動きすぎにも見えるが、ボールの位置を本当に良く把握している。攻撃では縦回転の勢いのあるボールを連発する。日本チームの凄いところは、手でボールをキャッチあるいは防ぐ確率が高いことだ。これはかなりの精度で位置を把握していないと難しい。日本チームはいつも通りしっかりディフェンスしているものの、今までの試合よりもバウンドが大きい。

安達選手のシュートは、市川コーチの戦略通りブロックの足を乗り越えて決まった。(写真:市川亮/LIVEonWIRE)

前半4分、安達阿記子選手のシュートが相手のブロックをバウンドして乗り越え、ゴール!試合中冷静な浦田選手も思わずガッツポーズをする。中国はタイムアウトをして体勢を整えるが、コントロールがやや乱れたように感じる。スピードやパワーは相変わらずだが、ディフェンスも無駄な動きが増えた。一方日本チームは動きが良くなった。シュートをブロックする中国選手の体から響く音で、キャプテン小宮正江選手のボールがいつもよりも重くパワーがあることが分かる。

一度ペナルティースローがあったものの浦田選手はがっしりブロック。流れは変わらぬまま前半終了。ポイントは取った。あとは防御に徹するのみ。後半に入っても選手達は淡々とシュートをブロックしていく。日本のペースだ。それぞれの守る範囲を数cm単位で決めているという日本チームはオフェンスの強い中国にとって苦手チームの一つだという。攻撃の強い海外チームに対抗するため、合宿では男子選手のシュートをブロックする練習もしたという。

江黒ヘッドコーチのアドバイスを真剣に聞く。中国のデータは揃っている。(写真:市川亮/LIVEonWIRE)

後半残り5分、守れば金だ。日本はここで珍しく超スローボールを投げるが、そこからはいつも通りのシュートが続く。残り4分、日本、中国ともにアウトが続く。両者譲らぬ攻防。

残り2分を切って、同じく取材に来ていた増田明美さんとMXゾーンに向かう。取材者のモラルについて考えさせられることの多い大会だったが、増田さんは今回の取材陣の中で、とりわけスポーツマンシップに乗っ取った取材をしていらしたと思う。淡々とこなすような取材者が多い中、席を立つ直前まで指を組んでずっと祈っていた。

予選より力強い小宮選手のボールに、相手のブロックは鈍い音をたてる。(写真:市川亮/LIVEonWIRE)

昨日の試合は残り29秒での同点劇、最後まで気は抜けないが、この取材陣の多さではいつものようにインタビューをするのは難しいと思っての勇み足だった。会場スタッフから先にメダルセレモニーがあることを知らされ、慌てて会場に戻った。試合はあと3秒!

ふと、予選の時にうかがった浦田選手の言葉が頭をよぎった。「音の世界の中で研ぎ澄まされて、どんな人とでも熱くなれる素晴らしい競技です」。そうすることに意味があったかどうか分からなかったが、僕は反射的に3秒を目を閉じて待とうと決めた。取材者としてどうなのかという思いよりも、少しでも一観客として、その世界を感じたいと思った。

ホイッスルが鳴った。歓声が聞こえる。空気がゆるみ、はじけた。やった!勝った!きっと僕は選手の皆さんよりかなり遅く勝利を知ったと思う。コートに表彰台が組み立てられていくのをしばらく見つめた後、MXゾーンに移動すると、表彰式が始まった。みんな楽しそうで、見ているこちらが嬉しくなる。予選から取材していた競技で二度も『君が代』を聞かせてもらえて僕らはラッキーだ。音の世界は闇ではないのかもしれない。そんな直感をいただくことができた。

日本チームは念願の金メダル、君が代と笑顔が会場を満たす。(写真:市川亮/LIVEonWIRE)

市川喬一コーチはシミュレーション通り、完璧だったと語る。日本チームは今大会の中国の戦いを試合後にフィードバックしていた。「中国の選手はボールを止めに行くときに必ず足が開いたり下がったりするんです。その瞬間で球を当てられれば弾くというデータが出ていたので。このタイミングで球を投げるという指示しか出していなかったんです。中国のセンターがすごく強い球を投げるので、そのリスクコントロールだけすれば必ず点は入るだろうと」。

「残り3秒と聞いたところで、ああもうそんな時間なんだ、もうこれで勝ち取れるっていう、もうほんとに信じられないような気持でした」と主将の小宮選手。全試合を通して、責任感と意志を感じるしっかりと軸のあるプレーを見せてくれた。

北京では「本当は自分たちがそこに立っていたかった、と悔しい思いで決勝を見ていた」という安達選手。最後の3秒は、「もうちょっとだという思いと、もう終わっちゃうという思いと、ドキドキしながらも、このチームでもっとやりたいと色々な思いが混ざっていました」。

浦田選手は満面の笑顔を振りまきながら「安達が早い段階で得点取ってくれたので、センターの私としてはしっかりと楽にディフェンスに集中することができました。もうほんとに、ベンチもコートの中も一体感を感じ、そしてチーム力で勝ち取れたこの金メダル、本当にうれしいです!」といつもより高いテンションで話してくれた。

コートの3人、ベンチの3人、そして3人のコーチ。みんなで聞き、みんなで勝ち取った。(写真:市川亮/LIVEonWIRE)

「ベンチでコートのみんなを盛り上げるような声かけをしなければ、と思いながら自分もいつ出てもいいように準備してました」という欠端瑛子選手は、準決勝のエクストラボールでしっかりとブロックをして勝利に貢献した。「絶対自分が止めなきゃって気持ちと、自分が入れて終われればって緊張していたんですが、コートに入ったらふっと力が抜けて、これは止められるって思ったんです」と力強く笑顔をみせるが、元々は運動が嫌いだったという。「向かってくるボールが怖かったんです。でも一回やってしまうと凄く楽しくて。この金をきっかけに是非広まって欲しいと思いますが、近所にはプレーヤーが全然いないですね」と洩らした。

安達選手はゴールボールの魅力を「見えないスポーツなので、視覚以外の感覚を研ぎ澄ましてやる駆け引きがおもしろいところだと思いますし、声を出すことによってチームがまとまって、独りじゃない、見えないんだけどみんな一緒に戦えるところですね」と話してくれた。

日本チームの基礎体力を心配していた江黒直樹ヘッドコーチは「弾かないディフェンス姿勢がみんなができるようになってきてくれたというのがあります。みんなそれぞれ細い身体を相当時間を費やしてくれて、身体を作ってくれた。でも、まだまだ彼女たちは進化していくんじゃないかな」とさらなる躍進への期待をほのめかしてくれた。

このパラリンピックをきっかけに、ゴールボールを知り、興味を持って下されば本当に嬉しい。ゴールボールの魅力について江黒ヘッドコーチは「視覚障害者のスポーツとしてほんとにすばらしいスポーツだと思うんですよね。音を取るとかですね、位置確認ができるとかね、あと視覚障害者が全員マスクをしている中での団体競技というのは、この競技だけだと思うので、本当によろしくお願いします」と語ってくれた。少しずつでもゴールボールファンが増えるような記事を書いていきたい。小宮選手は日本チームを代表し旗手として閉会式に参加する。

(2012年9月 LIVEonWIRE_JOURNAL掲載)

矢萩邦彦(Kunihiko YAHAGI)

教育・アート・ジャーナリズムの現場で活動し、一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を目指す日本初のアルスコンビネーター(命名は松岡正剛)。予備校でレギュラー授業を持ちながら、全国で江戸的私塾『鏡明塾』を展開、分野にとらわれない現代版陽明学を実践している。学校機関でも特別講師として平和学・社会学・教育学など講演。また教育コンサルタントとして学生や保護者へのアドバイスに留まらず、講師研修・企業研修等も手がけている。代表取締役を務める株式会社スタディオアフタモードではジャーナリスト育成や大学との共同研究に従事、ロンドンパラリンピックには公式記者として派遣された。

パラリンピック2012

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