「伝えたいという強い気持ちが大切なんだ」高校生・東北スタディツアー参加報告 秋葉早夏

2015/11/27秋葉早夏(福島県)

「私たちには言葉があるんですね」

『遺体~明日への10日間~』という映画の中のセリフで1番心に残っている言葉です。この映画を初めて拝見したときは大きな衝撃がありました。メディアで報道されない裏側を知り映像を通してこの目で見て胸が引きちぎられるような思いをしました。理不尽な出来事で家族が突然いなくなってしまったら…そんなことを想像するだけでも涙が溢れてきます。それが今回東日本大震災という形で現れました。

4年半を迎えた今、初めて岩手県にお邪魔させて頂く機会を設けてもらいました。3日間はあっという間に過ぎましたが、地元に帰っても尚、私のスタディーツアーは続いています。目で見たこと、肌で感じたこと、耳で聞いたこと、心で思ったこと、そして写真という1つの伝達手段を通して感じたことが沢山ありました。

1日目に初めて訪れた場所は防災対策庁舎です。頑丈な鉄骨がいとも簡単にねじまげられ、津波の威力を目の当たりにしました。バスの中で安田さんから「鉄塔の少しでている細い棒に11人が捕まって助かった」という話を聞いたのを思い出しました。12メートルの高さがあったにも関わらず多くの人が流されたこと、なにより持ち場を離れず必死に避難の呼びかけをしていた町職員の方がいたこと。怖かったよね、寒かったよね、心の中で何度も思い涙がとまりませんでした。伝えなくてはとファインダーを覗くけれどシャッターを押すことが怖くて、撮っていいものなのか分からなくなりました。

次に向かったのは米崎小学校仮設住宅です。ここでは佐藤さんのお話と仮設住宅に住む方々と交流をしました。佐藤さんのお話ではコミュニケーションの大切さを学びました。実際に取り組まれたトマトの苗とプランターの全戸配布では各玄関先で栽培を行い一人暮らしをするお年寄りの孤立を防ぐ役割を果たしました。成長を楽しみに毎日顔を出し、お隣同士で自然と会話が弾みます。決して一人ではないんだということを活動を通して知ることができたそうです。しかしその一方で自殺する方達も多いといいます。家族を失った悲しみや息苦しい部屋に身を寄せざるをえない環境にいることで精神的苦痛が心も身体も蝕んでいくのです。

仮設住宅に住む子供達やお年寄りの方々にかき氷を振る舞いました。最初は恥ずかしがってなかなか受け取ってもらえなかったけれど、徐々に距離が縮まり「おかわりちょうだい!」という元気な声が飛び交うようになり嬉しくなりました。「2年だと思っていた仮設住宅にもう5年も住んでるんだよ」と話し始めてくれたおばあちゃんの目はどこか遠くを見つめていました。「津波より盗難被害にあったことが1番心を痛めた」両手をぎゅっと握りしめる手の中にどれだけの心の傷を閉じ込めてきたんだろう。時折見せる笑顔に私は戸惑いをかくせませんでした。

2日目は語り部ガイドの釘子さんの案内で陸前高田市をバスで見学しました。岩手の湘南と言われていたこの町は、毎年3万人の観光客が訪れ商店街が沢山あり活気のある場所だったそうです。しかしたった4分で1つの町が消えました。

震災時、避難所の運営をしていたことから詳しいお話をきかせて頂きました。中でも「避難所が本当に安全な場所か見直すことが大事」という部分が印象に深く残っています。実際に指定されていた避難所に沢山の人々が向かいましたが建物もろとも流されてしまいました。津波を想定した避難や、避難場所に貯蓄はあるのかまで、自分の地域のことを把握できておらず、「大丈夫だろう」「何とかなるだろう」という心の隙が生死を分けるんだと釘子さんの強い言葉から伝わってきました。

三陸鉄道震災学習列車の車窓から「頑張ろう」という文字が見えました。バスで市内を回っているときにもいくつか看板が目にとまりました。

「頑張れ」だったら突き放された感じがするし
「頑張ってね」だったら独りぼっちな気がするし
「頑張る」だったら背負い込んでいる気がするし
「頑張ろう」だったらみんなが周りにいてくれる気がします。

言葉って人それぞれで受け取り方によって良いほうにも悪いほうにもとれるので、安易に発せないことが多いと思います。けれど改めて言葉ってすごい力を持ってるなと、ここへきて感じることができました。

次に話を伺ったのは、芝崎住職さんです。この仙寿院は避難場所になっており当時、部屋に収まりきらないくらいに人がいたそうです。3月11日のあの日に何が起こっていたのか写真と映像を見せてくれました。津波が後ろからどんどん押し寄せてくる中、走って逃げるおばあちゃんとおじいちゃん。早く逃げろ!と必死の呼びかけをしている映像に緊迫した状況が伝わってきました。近くにあった「止まれ」の標識が目についた時、止まってと叫びたくなりましたがその思いも空しく、どんどん波が押し寄せあらゆるものを飲み込んでいき、2人の影も見えなくなってしまいました。

「家族を見捨ててでも逃げて下さい」という芝崎さんの言葉には耳を疑いました。しかしその言葉の裏には家族のためであることを教えてくださいました。もし自分一人が生き残ればきちんと家族を供養してあげられることもできるし、名前や人柄を誰かに伝えていくこともできます。その人の生きた証にもなります。未だに行方が分からない方や身元が分からず数字で表される遺骨が沢山ありました。家族のもとに帰れないことがどんなに悲しいことか。そんな思いをしてほしくないと訴えかけてくれました。また、震災で電気が通らなかったために情報が遅れ原発が爆発したことも知らず雪を溶かしてその水を飲んでいたそうです。その事実を初めて知ったときは戸惑いました。

私は福島県いわき市に住んでいるので、放射能検査は当たり前のように無償でやってもらっていました。この地域はそれほど被害はなかったのですが、風にのって岩手や宮城にとんでいったそうです。原発問題は決して福島だけの問題ではないことを強く感じました。国はそんな状況からも目をそらし検査も行ってもらえていないという話を聞き自分だけが助かろうとしていたことに恥ずかしくなりました。今も不安でいっぱいの生活を送る方の気持ちを考えると申し訳なさでいっぱいです。

最終日は望鈴さんの案内で大槌町を見学しました。大槌町では地震で引き起こされた大津波とそれによって発生した火災により壊滅的な被害を受けました。また津波により町長と数十人の職員が巻き込まれ、主要人物が行方不明となってしまい行政機能が麻痺してしまいました。それにより被害の全容が外部に伝わりにくく、孤立した状況が続いたそうです。旧大槌役場では防災対策庁舎同様、建物の上にある3本のポールに捕まった30人が助かりました。生きているってことは当り前じゃないんだと訴えかけられているようでした。途中で、砂浜を歩くとキリキリ鳴く吉里吉里海岸やひょうたん島のモデルとなった蓬莱島を訪れました。私の地元が海に近いのもあり海は大好きな場所の1つです。曇り空ではありましたが潮風が気持ちよく海も砂浜もとても綺麗でした。

話は変わりますが、私はこの2日間のミーティングが正直とても恐怖でした。人と話すのは大好きだけど、自分の思っていることを言葉に表すのが苦手だからです。言いたいことが胸の内に沢山あるのに、上手く表現できなくて結局何を伝えたいのか分からなくなってしまいます。みんな自分の言葉で話しているのを聞いていて、様々な視点からとらえており、気持ちがまっすぐに伝わってきて圧倒されていました。だんだん自信がなくなっていき自分の番に来るたびプレッシャーで押しつぶされそうでした。そのことを望鈴さんに打ち明けてたときに言ってくれた言葉があります。

「上手く言おうとするよりも思いや気持ちが大事だよ。今しか伝えられないことがあるから」

今まで間違えちゃいけないとか人と自分を比べていた部分があり、どうしても上手さにこだわっていた部分がありました。けれどそれよりも相手に伝えたいという強い気持ちが大切なんだと望鈴さんに教えてもらい心がすっと軽くなりました。

帰りに足を運んだお土産屋さんでおばあちゃんに話を聞かせてもらいました。津波で家族を全員失い可愛がっていた愛犬も行方不明。悲しみのあまりしばらく入院していたということを涙ながらに語ってくれました。けれど町の人のおかげや地元のお祭り、いろんな国や地域から来た人のメッセージで自分も頑張ろうと思ったそうです。

スタディーツアーに参加したことで、当たり前のことを当たり前に感じてはいけないなと思いました。目が覚め、光を浴び、おはようと交わす家族がいることがどれだけ幸せなことか。私たちは自然の力を認めた上で共に生きていかなくてはいけません。次はいつくるのかなんて神様さえも知らないかもしれません。決して止めることも逆らうこともちっぽけな私たちにはできないかもしれませんが自分の命を守ることはできます。知識をつけ備えることができます。それが人間の強みだと私は思います。

皆さんそれぞれの痛みを抱えながらも私たちに伝えようとしてくれました。人の痛みを全部感じ取ることは難しいかもしれません。けれど同情するのではなく共感しその人の気持ちに寄り添うことはできるはずです。私はまだ生きています。亡くなった方々の命は戻らないけれどその人たちのためにできることはまだまだ沢山あると思います。教訓が生かされていなかったと悔やむことのないよう、ここでお話を聞かせて頂いたからには絶対に被災しないと約束します。だから皆さんも絶対被災しないでください。自分の命は自分で守ってください。大切な人を失うことのないよう日頃からの会話を大切にしてください。もう2度と誰かが悲しい涙を流すことのないように…。

最後に、このツアーを企画してくださった大関さんを始め、安田さん、菅野さん、田中さん、山池さん、佐藤さん、釘子さん、芝崎さん、望鈴さん、米崎小学校の生徒さん、仮設住宅の皆さん、三陸鉄道の皆さん、民宿の皆さん、バスの運転手さん、取材の武藤さん、白石さん、そして10人の仲間の大きな出会いに感謝します。

本当にありがとうございました。

高校生東北レポート2015

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