「たくさんの人と絆をつないでおくことがどれほど大切なことか」高校生・東北スタディツアー参加報告 本郷純礼

2015/11/27本郷純礼(神奈川県)

光と影

喜びがあれば悲しみがある。豊かさがあれば貧しさがある。人の世が垣間見せる「光」であり「影」である。私達が生きる世界にはこの表裏の二面性がある。しかし、今の社会は光の世界ばかりに目を向け、影の世界から目を背けているように思えてならない。その弱さが、地震はまだこないだろうという隙をつくり、震災を引き起こしている。そして一番の問題は、人と人をつなぐ糸「絆」が薄弱しつつあること。人とのつながりが薄れた風潮が災害時に行動力に欠ける社会をつくりだしている。

人は一人では生きていけない。そこに人として生きる意味がある。震災が起こる前に、家族や親せきで地震が起きた時の行動について考えておくこと。そして、地震が起こった時に地域の方々と連携し助け合う為にも、たくさんの人と絆をつないでおくことがどれほど大切なことかをこのスタディーツアーを通して学んだ。

震災の爪跡はあらゆるところに様々なカタチをして残っている。目に見えるもの、見えないもの、もう残っていないものもある。人の数だけ幸せの数があるように、その人にしか分からない傷み、その人でさえもわからない傷みもある。はたして今回、そのカケラをいくつ見つけることができただろうか。このレポートをはじめ、少しでも多くの被災地に残された思いを伝えたい。そして、一人でも多くの人の命を救うためにできることを考え、行動に移すことで、今回お話ししてくださった方々への恩返しに、震災によって命を奪われてしまった皆さんへの供養につながればと思う。

佐藤一男さん

「2011年3月11日14時46分。まだ大震災は起こっていなかった。この時は大きな地震が起こった、ただそれだけ。大震災となってしまったのは、その後の津波や火災などで多くの尊い命や大切なものを失ってしまったから」と話して下さった。

佐藤さんは自治会長さんで、震災後、復興へと皆のことを引っ張ってきた。「仮設住宅で活動していたとき“何がほしいですか”と聞かれ、僕は“苗と土とプランターをください”とお願いした。植物を通じて地域の人とのコミュニケーションをとるきっかけにすることに加え、心に傷みを抱えて、一人で苦しんでいる方がいないかどうか探す為でもある。植物の状態を見て、植物が元気だったら家の人が植物のお世話をできる生活している印。植物が枯れかかっているのに、地域の人との関わりがない人は心に元気がないかもしれない。身体に痛みがあれば自分から行動できるが、心に傷みがあると自ら動くことは難しいから」と教えてくだしました。自身が被災者であるのにも関わらず、皆のことを考え、行動できる佐藤さんは素敵だなと思いました。

仮設住宅にて

仮設住宅の中に小さなカキ氷屋さんを開店。たくさんの人が集まってくださった。初めは「何味がいいですか?」「暑いですね」といいながらカキ氷を作っていた。そしたら子供たちが“僕たちにも作らせて”と寄ってきた。一緒にカキ氷を作りながら「学校は楽しい?」「いつも何して遊んでるの?」と話していたら、突然後ろから冷たいものが飛んできて、大きな笑い声が聞こえた。振り返ると男の子が三人がかりで氷をとばしてきた。「そんな悪い子は写真撮っちゃうぞ」っていったら、逃げ出した。でも、また戻ってきて同じことを繰り返す。

こんな感じだったけれど、だんだんと「遊ぼう」「見てみて」「お話聞いて」とたくさんの子が声をかけてくれて嬉しかった。なかには学校の悩みを相談してくれた子もいて、彼らも心の内で大人に気遣いながら生きているということ、身近な大人には話しにくい悩みがあることを知った。子供たちの笑顔は輝く宝石のようで、この宝物を守ることができる人になりたいと思った。

釘子明さん

市街地を見学しながらお話しを伺った。目の前に広がる悲惨な光景と釘子さんの表情から津波の恐ろしさを身にしみて感じた。行政はチリ地震の浸水地域を避難所に指定していた。その為、避難所に避難したのにも関わらず、多くの尊い命が奪われてしまった。

自分達の避難所を知っているだけではいけない。本当にその避難所は安全なのかどうかは自身で判断しなければならない。誰かに頼るのではなく、一人一人が震災に関して考え、行動することの大切さを伝える釘子さんの声は真剣で、私達に同じ思いをしてほしくないという強い思いが伝わってきた。

震災学習列車

トンネルが多く、山を切り開いて作られた鉄道にのっているということを実感しました。山影さんが電車に乗りながら、甫嶺で自衛隊さんが電車を一日でも早く復旧させるために頑張った話、唐丹ではホームにまで津波が到達し多くの命が波に飲まれてしまった話、他にも三陸や吉浜などそれぞれの街で起きた出来事を説明してくださった。

数多く惨劇を耳にする中、恋し浜駅には、みんなの想いが綴られた貝殻が、盛駅には、個性豊かな軍手があり、たくさんの願いがあふれていた。そして、みんなの夢ってなんだろうと思いをめぐらせながら、一つ一つの作品に込められた心を抱きしめるような思いで、カメラに収めた。その後、電車は震災が起きた時と同じ状況を再現した。真っ暗なトンネルの中、突然止まる電車。この状態であの大地震が起きたと思うと怖かった。

芝崎恵應さん

始めに津波の映像を高台から撮影したものと、逃げながら撮影したものを見せていただいた。私は一度被災地に訪れたことがあり、その際に鵜住居地区の防災センター等を見学し、津波の高さは知っていた。しかし、目の高さで迫ってくる津波を見た時は骨の髄までぞっとした。もし私が同じ局面にあったら、恐怖で足がすくんで動けなかっただろう。

その後、お寺にたくさんの人を避難所の代わりとして受け入れした際の話を伺った。被災者を受け入れしていた150日の間に芝崎さんが気付いたことは、けじめがある人は生きていけるとういうこと。「おはよう」「おやすみなさい」と声をかけた際に返事が返ってきた人は、皆、仕事を手伝ってくれたり、仏壇にそっと花を供えたり、手を合わせたりしてくれたそうです。

釜石望鈴さん

この語り部を行うことで震災と自分がまっすぐ向き合うことができたと話してくれた釜石さん。当時の状況の説明に加え、震災を通して成長したことなどを話してくださり、心の中に響くものがありました。大槌町は震災時、火災に4日間さらされたそうです。釜石さんは大槌町のために何かできることはないかと考え、大槌の人の笑顔の写真を撮ろうと考え活動された。人の写真は間単に撮れるものではないので、震災後に100人の笑顔の写真を撮ることは大変なことだったと思う。たくさんの人の笑顔が詰まった写真集は本当に素敵だった。

その後、釜石さんの案内で仮設の商店街へ向かった。こちらで出会ったおばあちゃん方が、涙を流しながら、「私達は津波を見たことがあるからすぐに逃げたけれど、若い子が津波に攫われてしまったのは悲しい」「津波はおばけだ。戦争の焼け野原よりも街をひどく壊してしまった。だからあなた達は津波がきたらすぐに逃げるんだよ」と話ししてくださった。一方で、「吉里吉里の海はとっても綺麗でしょう。私たちにたくさんの恵みを与えてくれるしね」とも話ししてくださり、皆さんがこの街と海が大好きだという思いが伝わってきた。吉里吉里の海は澄みわたり、砂がさらさらで、とても美しかった。はたしてこの海は何を怒り、何故に東北にその怒りを向けたか。

自然からの警鐘

突然の暴風や豪雨が日常化しつつある今、自然が私達に伝えたいこととは何か。一つに、自然への畏敬の念が薄れていることへの警鐘であると思う。一年の間に日本中を灼熱の夏へと、極寒の冬へと変える自然を軽佻浮薄に見すぎていないだろうか。自然は人間では計り知れないほどの力を秘めている。生きる環境がなければ人間は生きられない。今、東北では山を切り崩し、高台を築き、街を作っているが、人が大地を作って、本当によいのか。時が経ち、街が土に埋もれていく。そんな中で、私たちは自然と共に生きているということを忘れているような気がしてならない。

影の世界

冬の寒さが春の花の美しさを鮮明にするように、悲しみには喜びを引き立てる力がある。悲しみをなくして、真の喜びの価値を知ることはできない。今の人間社会は平和や人権など、崇高な理念を掲げている。しかし現実は、厳しい競争社会である。私は東日本大震災が起こった時、我先にと食料を買い占める人々、店員に品物が届くのが遅いと罵声をあびせる人々、東北から避難してきた方を税金泥棒と呼ぶ人々を目の当たりにし、絶望した。

スタディーツアーでも震災時に泥棒がいたという話を耳にしたり、訪れた震災遺構の前にゴミが捨てられているのを見た。これが光の世界にばかりに目を向けている社会の現状である。震災を大きくし、復興を停滞させているのは人のように思える。悲しみを隠し生きる人の心の奥底に目を向けることができなければ、本当の復興は始まらない。

なぜ人は悲しみから目を背けるかは分からない。人の悲しみを他人事のように思い、他者の悲しみに共感できない社会が過去の教訓を忘れさせている。光の世界にばかり目を向け、己の知恵や賢さを誇示し生きる人の弱さである。はたして、今、人類社会に己の弱さや愚かさを自覚した者がどれほどいるのだろうか。

震災が教えてくれたこと

今の私達にできること。防災に関して正しい知識をもち、震災に備えておくことはもちろん、普段の日常生活においてけじめをつけて生きることであると思う。一日の挨拶ができる人々には自然と絆が結ばれる。誰に対しても誠意をもって接することができる人は、信頼を築き上げることができる。強き絆には大震災をも乗り越える力がある。

東日本大震災は決して失ったものだけではない。三日目に訪れた城山にも「震災が教えてくれた、優しさ、思いやり、仲間や絆の大切さを忘れることなくともに歩んでいきましょう」とあった。他者との関わりで人は生きる術や知識を身につける。震災時には世界中の人が手を差し伸べ助けてくれた。釜石さんの写真には外国からボランティアにきてくれた方の写真もあり、震災学習列車もクェートからの支援があって復興した。

多くの人が悔いのない道を求め生きている。だが、いくら後悔しても過ぎた日々が帰ってくることはない。ならばその悔いを糧に変えていきてゆこう、そして未来につなげていこう。そんな強い思いが、今回出会った方々から伝わった。

私の夢は笑顔の輪を広げていくこと。スタディーツアーを通してたくさんの「想い」を学ばせてもらった。この経験を生かし、目の前にいる人の心に優しく寄り添うことができる人に成長し、皆と絆をつないでいきたい。

高校生東北レポート2015

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