(C) 重松百香(山口県)

「東北の魅力を発信していきたい」高校生・東北スタディツアー参加報告 重松百香

2017/11/03

1日目

仙台駅からバスで南相馬に移動し、小高区に向かっていく時の風景の変化を忘れられません。ある地点から、人の気配がなくなる。壊れたままの店のシャッター、看板。使われていないガソリンスタンド。6年以上も経とうとしているのに、復興どころか、復旧も終わっていない現状に言葉を失いました。そんな中で車道と歩道のコンクリートの間から生えた雑草が、6年という時間の長さを語っているように感じました。

両親と8歳だった永吏可(えりか)ちゃん、3歳だった倖太郎(こうたろう)くんを津波で亡くした上野さんのお話は、想像もできないほど辛いものでした。語ってくれた上野さんにとても感謝しています。

「寿命が来るのが待ち遠しい。死んだら2人に会えるから。でも、生きているうちは出来ることをやろうと思ってる。」

そう言って、前の自宅のすぐ隣に家を建てて、倖太郎君の遺体を探し続ける上野さん。
当時消防団だった上野さんは揺れの後に1度自宅に戻り、すぐに町の人たちに避難を呼び掛けに出たそうです。「家族を救えるチャンスがあった。まさか自分の家族が流されているなんて思わなかった。職場に戻ってはいけなかった。」

地域の人を守る消防団が、自分の家族を亡くすなんてことがあってもいいのか。他人を助けたが為に家族を守れなかったという後悔は、1人1人が防災に対する意識を持っていれば生まれないのではないのか、と思いました。

2日目

大川小学校の姿は、原爆ドームと重なって見えるところがありました。むき出しで曲がった鉄鋼、はげ落ちた天井、ゆがんだ扉。人災と天災を重ねてしまっていいのだろうか、という疑問を抱きながら夢中でシャッターを切りました。そんな時私がカメラ越しに見つけたのは、ドアのない教室の入り口の奥のほうに見える「1-1」という表示でした。あぁ、さっき撮っていた教室は1年生が使ってたんだなぁ…。と想像すると、何とも言えない気持ちになって涙が出てきました。

原爆ドームは、戦争を二度と起こさないという教訓を残し、大川小学校は、防災への教訓を残すもので、同じような姿に見えても、その建物の背景によって建物が訴えかけてくることは全然違うのだということを実感しました。

米崎小学校でかき氷屋さんをしたときにいらした漁師のじっちゃんからは、少しの津波や台風によって海や川の底が洗われて豊かになるということを教えていただきました。津波は恐ろしいものとしか考えていなかった私にはとても衝撃でした。

佐藤あかりちゃんと同級生のゆあちゃんは、当時小学校一年生で今もまだ中学生なのに、震災のことや命の大切さを伝えていて、すごいと思いました。年が近い子から話を聞くことで震災が一気に身近になりました。

佐藤一男さんからは、常に防災意識を持つことの大切さ、また、防災への取り組み方を学びました。佐藤さんのお話の中で「自衛隊は、医者は、災害のその瞬間に助かった人しか助けられない」という言葉にハッとさせられました。当たり前のことだけれど、実際に言葉で言われると自分の命は自分で守るしかないと強く思いました。

3日目

語り部の釘子さんのお話では、震災直後の様子を写した写真と現地を比べることで、復興の様子がよくわかりました。

土地のかさ上げや12.5mの防波堤を見ると復興が進んでいるように見えましたが、よく見ると高台に上る道には靴底のゴムや将棋の駒、LEGOブロックやガラスの破片など、まだ瓦礫が残っていることにとても驚きました。また、報道規制のかかっている被災地での現状も教えていただきました。メディアの限界を感じるとともに、伝えていく責任も感じました。

動く七夕まつり

他県から来た私たちを、川原(かわら)組の方々は暖かく受け入れてくださいました。

お祭りの中で特に心に残っていることがあります。それは、出発前の川原組の近くを通った大町組の山車が上手く角を曲がれなかったときのことです。その様子を見ていた川原組の人たちが一斉に走り出して、大町組の梶棒に集まっていきました。ほんの一瞬のことで私は目の前で起きたことが信じられませんでした。ハッと我に返って、この感動を写真に収めようと夢中でシャッターを切りました。シャッターを切りながら私は泣いていました。自分は何に感動しているのか。何が起きているのか。それは、助け合いでした。

たくさんの人の笑顔で溢れているお祭り。けれども、そこに出ている屋台はたった4つ。華やかな山車が通るのは、かさ上げされてまだまだ街づくりが始まったばかりの土地。見える範囲にある建物は、片手で数えられるほどの家と1軒のスーパー、災害公営住宅。至る所に「避難経路」や「高台方面」と書かれた看板がありました。お祭りの写真を見せることで、見た人に復興が終わっているかのように錯覚してほしくなかったので、人々の笑顔や山車の華やかな写真だけでなく、その周りの、震災の跡が残っているところも一緒に写すように心がけました。

震災で亡くなった方の命を教訓に。一人一人が防災への意識を持つために、私は今回のツアーで経験したことを伝えていかなければならない。それは震災のつらい体験だけでは無く、東北の魅力も同じだと思います。今回、たくさんの人との繋がりができたことで、東北を、震災をとても身近に感じることができるようになりました。文章や人づてに知ることも大切ですが、それでは物理的な距離も精神的な距離も遠い東北でのことを他人事だと思いがちです。そうならない為には、自分で経験することが一番大切だと思います。

「また来たい」

そんな風に思わせてくれる東北の魅力を発信していきたいと思います。

この3日間はとても濃くてあっという間でした。安田さんをはじめとするこのツアーの関係者の皆さん、そして3日間一緒に過ごした仲間との出会いに感謝しています。ありがとうございました。

高校生東北レポート2017

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