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「この繋がりを握りしめて生きていきたい」高校生・東北スタディツアー参加報告 緒方杏樹

2018/11/01

参加理由

愛媛県に住んでいる私は大きな自然災害を経験したことがなくメディアからの情報に目を通すだけで、7年前の東日本大震災もどこかで他人事のように捉えていた。日本各地で毎日のように起こる地震、いつ起きてもおかしくないとされる首都直下型地震や南海トラフ巨大地震。今のままでは自分も愛する人も守ることができない。意識を変えなければならないという思いから、まずは東日本大震災と向き合おうと決心した。参加前は自分が被災地に足を踏み入れていいのか、現地の人に受け入れてもらうことはできるのかと不安だった。初日のバスの中で安田さんが教えてくださった「頂く」ということ。取材をさせて頂く、写真を撮らせて頂く。このことを常に念頭に置き、意識した。

福島県南相馬市萱浜

萱浜で私は初めて東日本大震災を経験した人と会う。その方は、上野敬幸さん。私は上野さんが瓦礫の中を歩き続け行方不明の娘の永吏可ちゃんや息子の倖太郎くんを探し続けた話をしているとき、永吏可ちゃんや倖太郎くんに語りかけるように写真を見つめる眼差しや表情が忘れられない。

上野さんは「福興浜団」という団体で遺体捜索やボランティアの活動してきた。今も毎年震災によって命を奪われた人の数花火を打ち上げていたり、町の人を笑顔にするため菜の花畑を開催している。私は辛い経験をしてきたにもかかわらず、次々と動き続ける上野さんに問いかけた。「その原動力はどこからきていますか?」 すると「生きているから。」そう返ってきた。その答えは私が生きてきた17年の中で一番深くて重い言葉だった。

お家には3月11日まだお母さんのお腹の中にいた倖吏生ちゃんもいた。上野さんは「倖吏生」という名前を永吏可ちゃんと倖太郎くんから一文字ずつもらって「生きる」とつけたんだと教えてくれた。倖吏生ちゃんの天真爛漫な姿に周りが笑顔になり、私の顔も綻んだ。上野さんや町の人にとって太陽のような存在なのだろうと思った。

宮城県石巻市立大川小学校

足を踏み入れた瞬間、その悲惨な情景に言葉を失った。崩壊した建物と積み重なった瓦礫は3月11日のまま時が止まっているようだった。扉も窓もない建物は唯一黒板が小学校ということを思い出させた。小学生が作成したであろう壁画に書かれた文字には「未来を拓く」など明るく前向きな言葉が見られた。震災前に作られたはずなのに大川小学校をスタディツアーとして訪れている当時小学生だった私たちに時を越えて、これからの未来を守るよう語りかけているようだった。

避難所生活

佐藤一男さんと娘の佐藤あかりさん、あかりさんの同級生菅原彩花さんにお話を伺った。落ち着いていて笑顔が可愛い印象のあかりさんは震災当時小学一年生の現在中学生。「避難所や仮設住宅では思い切り遊びたかったけれど遊べなかった。」という小さな子どもだったからこその胸中や気持ちをひとつひとつ思い出しながら話してくれた。あかりさんが身近な命について話してくれたとき、それまで明るく振る舞っていた彼女の目に涙が溢れた。自分より年下の女の子が幼い頃から命と向き合って暮らしている。その姿を見ていると胸が締め付けられ苦しくなった。

「なんでも送ればいいというわけではない。時間によって必要物資が変わる。相手のことを想像することが大事。」一男さんは支える側ができることを教えてくださった。私は独断で物事を決めてしまうことが多い。これからは誰かを思いやるときには常にその場所にいる相手のことを第一優先に考えながら行動していこうと強く思った。

ほんでまんず

岩手県陸前高田市広田町。初めての民泊体験。私は奥さんと小さなお子さんが2人いる4人家族の三井俊介さんのお宅に泊まらせて頂いた。民泊はまって会(対面式)で一列に並んだ広田町の皆さんを見たとき三井家は雰囲気が違っていた。何故なら受け入れ家庭の中で圧倒的に若かったからだ。三井俊介さんは東日本大震災後すぐに「NPO法人 SET」という団体を設立し、大学卒業後に広田町へ移住したことを教えてくださった。「SET」が活動している様子を少し覗かせて頂くと、多くの大学生が真剣に話し合う姿を見ることができた。ここにいる全員が県外から来て広田町を思い、盛り上げようと活動しているのだと考えると、私も広田町をもっと知りたくなり「SET」に興味を持った。

うごく七夕まつり

「どうして”うごく”なんだろう?」 名前を聞いたとき素朴な疑問が浮かんだ。お祭りが始まるとその理由がわかった。紙飾りで覆われた豪華で大きな山車。これを地域、町内会の人みんなの力で動かす。「亡くなった人たちも一緒に楽しんでほしい」 陸前高田の人々のさまざまな想いが詰まったうごく七夕まつり。私は子どもたちのキラキラと輝いた目と大人たちの熱さを感じる背中に惹かれて絶えずシャッターを切っていた。この日、私の心も陸前高田に動かされていた。

東北スタディツアー参加後の変化

東北スタディツアー参加前から変わったことの一つ目は、自然災害に対する考え方、意識。「東北を忘れないでとは思っていない。それより今ある命を大事にしてほしい。」「二度と同じことは繰り返さないでほしい。」「教訓にしてほしい。」 今回出逢った皆さんが口を揃えて仰っていた言葉たち。私は「東日本大震災を風化させないとは忘れてはいけないこと」 ただ漠然とそう思っていた。けれども4日間を通して、風化をさせないということは東日本大震災から得た知識や教訓を学び受けて行動に移すことであると考えさせられた。「自然災害は仕方ない」で終わらせてはいけない。同じ悲劇を繰り返さないためには自分の命は自分で守る。そして高校生の私たちはこれからの日本を支えられるように教訓を受け継いでいかなければならない。

二つ目は「人との繋がり」が生まれたこと。メディアの東北特集で「ツアーで訪れた場所だ。皆さん元気かな」と思いを寄せたり、家族が「三陸産のワカメ見つけて買ってきたよ。」と言ってくれたり。人と人との繋がりができたことで離れた四国からも東北に対する心の距離が近くなり身近に感じられるようになった。

私はこれからもこの繋がりを握りしめて生きていきたい。そして「あなた」を想い、また東北に行こうと心に誓った。

高校生東北レポート2018

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