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「私が東北で学んだこと」東北スタディツアー参加報告 鈴置由夏

2018/11/01

初日から目にすることとなった東北の地は、明らかに私にとってキャパシティオーバーなものだった。TVでみた光景が質量を持って目の前に存在するという感覚は実際に足を運んだものにしかわからない。

最初訪ねた上野さんのお宅で、私は初めて震災の話を直接人から聞くことができた。上野さんの言葉、表情1つ1つ、そして上野さんの家全体からまで、上野さんの家族に対する愛がひしひしと感じられた。「抱きしめてあげたい。」 上野さんが永吏可ちゃんや倖太郎くんの話をするときに言った印象的な言葉のうちの一つだ。ただただ抱きしめたい。その動作自体はきっと普通でなんの変哲もないことだけれど、抱きしめたい人を抱きしめられない辛さは私には想像できない。

そしてこの“自分の想像力を超える”という一種の挫折は私に新しい視点を与えてくれた。TVや新聞で震災を知ろうとするとつい数字をみて災害をわかった気になってしまう(実際、私は被災者の数をみて災害の酷さを知ったつもりになっていた)。しかし何十人何百人という、その大きな数字は上野さんのような人たち一人ひとりによって構成されていて、それぞれが上野さんのように私には想像もつかないような深い傷を負っている。たった一日の地震で大勢の人が亡くなり、あるいは大切な人を失い、人生が180度変わってしまった。地震から何年たとうと、亡くなった人は帰ってこないし、被災した人は失った物を取り戻せないままこれから先も生きていかないとならない。その事実を初日にして突き付けられるに至ったのだ。

しかし、私が東北で学んだことは何も地震の凄惨さだけではない。東北の地は、東北の人たちは確かに、着実に前に進んでいた。私は民泊で木村さんにお世話になった。木村さんはお父さんが趣味で漁をやっていて船も持っていた。野菜を育てていて殆ど自給自足だと聞いた。車で少し行けばすぐそこに船着き場があった。私の家は勿論船を持っていないし、父が魚を捕ってくるなんてことは一度だってない。私の住む場所とは全く違うお家だけれど、すごく優しくて、ご飯はおいしくて、温かいお家だった。私が机に置いてあったカボチャの手作りお菓子に興味津々だったら、「あまりものだけど食べてもいいのよ」と笑いながら皿にだしてくれたし、ご飯を少ししか食べてなかったら「もっと食べろ」とおじいちゃんがぶっきらぼうに、でもとても優しい目で言ってくれた。被災地である事実に間違いはない。でも被災地である前にここには暮らしがあって、今日この瞬間にも木村さんたちは毎日を着実に過ごしている。あたりまえのことなのに、私はそれに気づいていなかった。東北の人の中の時間は決して震災のときのまま止まっているわけではなかったのだ。

私が東北で学んだことはあまりにも多すぎてレポートには収まらないと思う。震災のことを知ろうと思えば、人の死について向き合うことは避けられない。人の死に触れようとすれば、必ずその人を大切に思う人たちの心の傷を一度切り開かなくてはならない。切り開いてまでみたその血と肉を最大の付加価値を以て還元することが私の望むところであり義務であることは重々に承知している。しかし考えれば考えるほど自分はあまりに無力で現段階で為せることはごく僅かだったので、とりあえず、佐藤さんに尋ねた、「家に帰って真っ先にやること」を実践した。(家具の固定をすること) そして避難所を訪れ、経路や備蓄を確認した。両親を説得し水や非常食、懐中電灯などを備えた。いまや我が家は災害大国日本に住む人間にふさわしい態勢にある。万が一東京に地震がきたときは一家そろって「いいからとにかく備えろ」と口酸っぱく言ってくれた東北の人たちに頭が上がらないだろう。4日間良くしてくださったオリンパスの方々への感謝も込めて(両親がカメラを以前から欲しがっていたのが大きいのだが)カメラも購入して今練習中だ。この前は地元のケーキ屋さんのおじちゃんにプロのカメラマンと間違えられた。災害に備え、自分が東北の地にできる恩返しは何かを模索しながらカメラも練習していこうと思う。本当に参加してよかったと思う。すべての関係者の方々に感謝の念に堪えない。

高校生東北レポート2018

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